トップページ
バックナンバー(2008年秋号)
インタビュー
白壁アカデミア世話人
池田 誠一(いけだ せいいち) さん

|
【古道経歴】 小さい頃の蝶採集から山野歩きに惹かれる。 定年10年前、木曽路で街道歩きを始めた。 8年前白壁アカデミアの古道講座を担当し、以降、名古屋市内の古道・街道歩きを続ける。 2007年、「なごやの古道・街道を歩く」を出版。 (風媒社より発行) 購入・お問い合わせは各書店まで。 |
![]() |
元々は学生時代からワンダーホーゲルをやっていまして、自然を歩くことが好きだったんです。 50歳の頃、職場でも完全週休二日制が実現し、「二日も休みがあるなら。」と中山道を1年かけひと通り歩いたことや、 定年を目前に控え「趣味で生きられる何かをみつけないと。」と、考えたことが出発点でしょうか。その後、白壁アカデミアでいつのまにやら、 古道街道の講座を受け持つことになりまして。
それでも、つい最近まで私には「古道街道は憧れの趣味だ。」という迷いがありましてね。 長年交通局で地下鉄などに携わってきて、その後は中部国際空港、万博と、市役所の中では珍しいプロジェクト屋だったので、 あくまで自分のライフワークは、交通や街づくりなんだ、と。でも著書を発行したことで、 「やっぱり俺は古道屋なんだ!(笑)」と悟りました。ただ、これまでの仕事はかなぐり捨てて、というわけでもないんです。 道というのは、交通の原点ですからね。
古道街道へは、一人で行くこともありますけれど、志を同じくする方の同行を募り、市内や郊外、時には道無き道を歩きます。 年をとってきたら学術的な論文なんていいんです。ロマンを求めて旅をする、街中でも原っぱでも、その方が断然楽しいですから。
皆さんのお話を聞いていると、「知らないところを歩けた」なんていう喜びが大きいみたいなんです。 私の講座でも、半分くらいの方はウオーキング、つまり「知的散歩(知的興味を沸き起こしていただきながら歩いてもらうこと)」 という感覚なんじゃないですかね(笑)。
古道を歩くということは、ある意味地域の歴史を勉強する事なんです。 知的散歩は1.予習、2.実際に歩くこと、3.歩いた後の整理と、頭も体も使いますから、とてもいい時間の過ごし方ではないかと思います。
普通の観光旅行ですと、文化財や遺跡を探しながら歩きますね、それは昔のものが残っているから。
ところが古道は残ってないので、「昔、ここにこの道が通っていたんだな。」と思って歩くんですよ。
例えば昔都があった場所が、全部なくなって廃墟になっている・・・そこに行って「ああ、昔はああだったんだな・・・」
と考えるわけです。現在の姿を見ると、その間に時というか・・・時間の差、
かっこよく言えば、無常観なのかもしれないけれど、そういったものを感じることが私にとって、
古道街道歩きそのものなのかもしれないと思っているんです。
ですから「決して、何もなかったからといってがっかりしないでください。むしろ何もなかったからこそ、面白かったんじゃないですか?」
と言っているんですよね。ただし、本当にそこがそうであるかないかというのはやっぱり確認したい。
ロマンが半分になりますから。そして昔のことと現在の対比、いろんなことを考えながら歩くんです、
「どうしてこうなってしまったのか?」そこに街ができる、街が作られてきた歴史というのを感じます。
これからは少し範囲を広げること。 名古屋の街のことを調べるにあたっても関東・関西の道をみないと、道の本質というのはわかってこないと思うんです。 そこから本質的な何かがでてくるんじゃないかと。どれくらい続くかわかりませんが、道の髄質を見極められるまでになれたらいいな、なんて思っています。
現役時代は、将来のことばかり考えてきました。先を見ることは一生懸命やったのですが、過去を見ることをしなかったんです。 ところが古きをあたため・・・の格言ではないんですが、100年前を見て、100年先を考えるくらいじゃないと本当はいけなかったんだろうな・・・と。 これからの方たちへのメッセージでもありますが。道のルートを探ると、今後の道のあり方が見えてくるのだと思います。 それも含め、知的教養を学ぶ姿勢だけは続けていきたいとも思っています。